★☆★☆ ⇒《話題!!》
問題解決学習・・・・・・・・・・・松本 康先生に聞く・・・・・・・・・
――先生は社会科教育がご専門ですよね。どんなことをされているのですか?
まつもと:社会科っていうのはもともと総合学習みたいなもので、何でもありの世
界なんです。内容的にはえらく広いし、人間の生き方にもつながっている。学校の
教科のひとつなんだけれど、教科以外のところにも目を向けなくちゃいけない。他
の教科でもそうだといえばそうなんですが、子どもの育ちの全体に目を配ることが
必要なんです。僕は問題解決学習を中心に研究しています。
――問題解決学習といいますと?
まつもと:子どもが生活の中で見つけた問題から学習を進めてゆく学習方法です。
先日ある授業で学生と一緒に附属小の2年生の「まちたんけん」の授業につきあっ
て校外に出たんです。クラス別に学校の周囲を歩き回ったのですが、あるクラスが
ルートの途中で幸町キャンパスの中に入り込んでしまいました。学生と一緒にちょ
っと学内をまわった後で、子どもたちが「すごいすごい」と息をきらせて戻ってき
ました。図書館に入れてもらった子どもたちは「うちの図書室の何倍も本があった」
と驚いていたりするんですが、別の子どもたちが大発見をしたというんです。聞い
てみたら「寝ている大学生がおったぁ」と喜んでいる。講義中の教室を窓の外から
のぞいてみたら、たまたまうしろのほうで寝ている学生を見つけたらしいんですね。
「大学生はなんで授業中に寝ていても先生に怒られないのかなあ?」と首をひねっ
ていました。
――大学生はすごく勉強するというイメージがあるのでしょうか。見つかった学生
は気の毒でしたね。
まつもと:大学の中にいるとそんなこと不思議に思いませんよね。別の子どもでは、
道の途中で蟻を見つけて、学生と「蟻は甘いものが好きだ」という話をしたんです
が、その子は「僕たちは甘いものを食べると虫歯になるけれど、蟻さんは何で虫歯
にならないの?」と学生に尋ねたんだそうです。
――ずいぶん面白い疑問ですねえ。
まつもと:たぶんこの子は自分の虫歯が気になっていたのかもしれません。自分と
蟻を比べてみてこういう疑問が出てきた。子どもはこのたぐいの疑問をいっぱい持
っているんです。低学年の子どもでもすごく哲学的な問いを持つこともあります。
問題は、子どもが疑問に感じたり気になっていたりすることと学校でやっている中
身が、なかなか結びつかないことなんです。
――確かに子どもの疑問を取り上げた授業はあまり見たことがありませんね。
まつもと:手間と時間がかかりますからね。カリキュラムを柔軟に構成してゆとり
をもたせ、教師の守備範囲も広くなければいけない。学力を知識や技能の獲得に限
定する考え方からは、基礎・基本の型にはめて教えた方が効率がいいと言われるん
です。でもそれだけだと子どもが受け身になってしまって、問題に気づいたり、問
題を見つけたりするセンスはなかなか育たない。高等教育段階で初めて取り組むの
ではちょっと遅いです。
――そういえば自分のテーマがなかなか見つけられない学生が時々いますね。
人の考えた「正解」を見つけてくるのは得意でも、自分で問題を立てる力が弱いと
感じることはあります。もっと早くから育てないと。「問題を見つけるセンス」と
はどういうことなんでしょうか?
まつもと:原則的には「問題」というのはすべて差異なんです。「ズレ」と表現す
る人もいる。僕たちが生きている世界の中にはすべてズレが生じています。予想と
結果、目標と評価、理念と現実、理論値と実測値、などなど。教師が教えたかった
ことと子どもが実際に学んだことの間にも厳密にはズレが生じています。ある内容
を「教えた」なんて簡単には言えないんですね。問題を見つけるセンスは日常場面
で起こるズレに注意を向けて、きちんと向かい合うことを繰り返さないと身に付か
ない。具体的な事実をしっかり見なければいけない。
社会科は事実認識を大事にする教科ですが、社会的事実の認識は主体の問題がから
んでくるので、自然認識に比べると複雑です。願望と事実が混同されてしまったり、
映画の「羅生門」みたいに立場によって認識が変わったりします。本当はズレがあ
るのに「あるはずがない」と思いこんで見ようとしない。はじめはズレが見えてい
たのに、慣れてしまうと意識しなくなる。ズレに気づいていても、自分の立場が邪
魔して気づかないふりをする。そういうことが積み重なると、良い社会はつくれな
いし、大きなヒューマンエラーに結びついてしまいます。
――そうすると学校の教師はどうしたらいいのでしょうか?
まつもと:一言で言うと「矛盾を愛する」ことだと思います。人間が生きている世
界でズレが生じるのはあたりまえだということを意識することですね。つじつまを
合わせようとすることは、新しい問題から目をそらすことになります。ある問題を
見つけて解決策を考え、それを解決するのだけれど、ぴったりとは解決できずにま
た違う問題が見えてくる。そういう問題解決のプロセスの繰り返しに子どもととも
に取り組むことだと思います。
――身につまされる話ですね。今日はありがとうございました。
(まつもとやすし、教育学部教授)
香川大学メールマガジン 第59号 2006年7月20日